夏へ続く扉は必ずあると信じてます!

このブログを始めるにあたり、さてタイトルは、、、と考えて、すぐにこのタイトルが頭に浮かびました。

「夏への扉」

SF好きの方ならご存知だと思いますが、アメリカのSF作家 ロバート・A・ハインラインの人気作品です。

(追記 2018.6)

こちらのブログ名を昔は「夏への扉」としてました。

 

夏への扉ってどんな話

ごくごく簡単に説明しますと、友達に裏切られて財産も婚約者も一切合切をなくした主人公ダンが冷凍睡眠やタイムマシンを駆使して、希望を失わず幸運を掴みとる物語です。

 

ダンはピートという猫を飼っていまして、この猫 冬になると家中の扉を開けてくれとせがみます。1つの扉を開けて外が寒くて出られなくても、また次の扉を開けてくれとせがみます。そこがダメでもまた次の扉へ、、、ピートは扉のどれかが明るく楽しい夏へ通じていると信じているんです。

 

「夏への扉」を探しつづけ決して諦めないピートと同じように、主人公ダンもまたどん底から這い上がるために「夏への扉」を探して、人生を切り開いていきます。

 

この本、いくらなんでもうまく行き過ぎでしょ!とツッコミをいれたくなるところも多々ありますが、それにしても読後の爽やかさといったら、、、、、希望を捨てないダンとピートに喝采です。

 

そうなんです。もともとこの本が大好きなんですけど、このブログのタイトルを考えた時、そんな諦めないピートが頭に浮かんだんです。開けても開けてもその度に雨かもしれない。でも次のドアはもしかして雨が止んでるかもしれない。そして夏に繋がってるかもしれない。

 

人生色々起こるのが当たり前

人生って、なんて総括するには知恵も経験も足りませんが、それでも歳をとるからわかることというのがたくさんあって、若い頃に読んだ本の言葉とか、大人から言われたことだとかが、今頃になってじんわり沁みて来たりしてます。

 

月並みですが、人生いいことばかりじゃないです。

望み通りの学校に入れないし、

やりたい仕事につけないし、

就職してもブラックで死ぬほど働かされたりするし、

好きな人から振られるし、

信頼してた人から裏切られるし、

大切な人がいなくなってしまうし、

ペットは死んじゃうし、

病気になるし、

怪我するし、

素敵な人と結婚して幸せを掴んだと思っても、そんなものは幻だし、

子供なんてちっとも思い通りに育たないし、

毎日 家政婦のようにこき使われるし、

歳とると女性扱いしてもらえないし、

給料安いし、

地震怖いし、

戦争怖いし、

、、、

、、、

本当にこうやって書き出し始めたら次々に出てくる出てくる。

 

わが家の場合でいうと原発事故による引越し、夫との二重生活、夫の転職、、、

とこのあたりが今のところ生活設計になかったハプニングです。

 

楽しい時ばかりじゃないっていうより、何が起こるかわからないのが当たり前なんだってやっとわかってきました。

これが普通

 

何もないのが平常だと思っていると、何かあると大変だー!となるけど、次々と何か起こるのが人生の平常なんですね。

 

明日のことだって1時間先のことだって本当にはわからないんだから、人生何が起こるかわからないって当たり前なんですけど、50年生きて来てやっとそれがストンと心におちるようにようになりました。気づくの遅いですね、、、

 

人生で困ったことが起こった時

それで何か自分にとって嫌だなと思ったり、不都合なことが起こったとき、人それぞれいろんな受け止め方、対処の仕方があると思うんですけど、私はピートみたいに次の扉を探し続けたいなぁと思うんです。

 

それもあるかないか探すんじゃなくて、自分の欲しいものが見つかるまで探したい。絶対ある、ないはずがないと信じて疑わないで探すんです。ピートもきっとそう。その強い思いがあるから、きっと見つかるんです。不思議だけれどそう思います。

 

そして 50歳の私は、きっと何か方法がある 必ずあると信じて必死に探しました。探して探して疑って、もっと探し続けたら、残ったのはネットビジネスでした。とっても怖そうな世界だったけれど、そんな中で先生と呼べて支えてくれる素敵な方々に出会えた。

私が信じて求め続けたからです。

 

求めよ、さらば与えられん

もうひとつ私の心のすみに潜んでいて、最近急に顔を出してきた言葉があります。

この言葉は中学の英語の先生が、ことあるごとに口にし黒板に書いていた言葉で

Ask, and it shall be given you.

 

英語のことわざなんて何ひとつ覚えてないけれど、ただひとつこれだけはすんなり出てくる。聖書の言葉ですかね。

求めよ、さらば与えられん。

 

すごい好かれているとか子供好きとかそんな先生じゃなかったんですが、いつも凛としてなんかカッコよかった。

 

斉藤先生、定年近い女の先生です。きっと先生はこの言葉をいつも心にとめて生きてきたんだろうなと、先生の年齢に近づいてきた今になって先生のカッコ良さの理由がわかった気がします。

 

与えられるまで求め続けよう

夏への扉も聖書のこの言葉も同じ意味ですね。私今まで気づかなかったんですけどここツボみたいです。そういう生き方をしたいんですね。希望を持って諦めずに道を探し続けたい、歩き続けたい。

 

若い時はわからなかったけど、歳をとっていろんな意味で後ろがない、切羽詰まってきた今、そこに気づかされました。

 

今は求め続けて努力をし続ける限り、自分にとって最善のものが与えられると信じて頑張っています。(時々気が抜けますが、それもありということで、、、)

 

私できるかな?ではなくて、求めるものを得るまで扉を探し続けます。やり続けます。だから求めるものは得られるんです。

 

うちの猫、お腹が空くとご飯が出てくるまで鳴き続けます。淡々とニャー、ニャー、ニャー、ニャー、ちょっと待ってね、今お弁当作ってるからと言ってもニャー、ニャー、ニャー、ニャー、洗濯干させてと言ってもお構い無しにニャー、ニャー、ニャー、ニャー、

 

もう仕方がないのでどんなに忙しくても猫にご飯をあげてから(うちは手作りご飯なのでちょっと手間がかかるんです)、元の仕事に戻ります。

 

この猫、ご飯もらえるかどうかなんて疑ってません。もらえるに決まってて出てくるまで鳴き続けます。

これなんだと思います。もらえるまで鳴く。鳴き続ける。求め続ける猫を私は放っておけない。

だから私が求め続けたら、神さまも仕方ないなぁと用意してくれるんです、きっと。

 

なんに対してでもいいんですけど、何か困った時、何かを探している時、何かを変えたい時、、、皆さんも、絶対見つかる 自分の欲しい答えはあると信じて、扉を探してみてください。そしてそこになくても次の扉にはあるかもしれないから、探すことを諦めないでください。そうすればきっと答えは見つかるはずです。

 

気持ちがくじけそうな時、自分にそう語りかけています。

 

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