急がなくていい、自分のできることをできる速さで

こんにちは、やよひです。

最近本当に物忘れがひどいです。

鍋をこげつかすのは日常茶飯事、魚焼きグリルにいれた魚のことはすっかり忘れて食卓に並ばない、半分使った猫缶を3つ冷蔵庫に発見した時はこりゃ病院へ行った方がいいかも…と青ざめました。

 

でも周りの知り合いに話をすると、私も私もと出るわ出るわ失敗の数々、みんな同じくらいボケてました。

 

悲しいかなそういう歳になったということなんですね。

今そんな自分の取り扱い方をゆっくり考えている最中です。

頭も身体も鈍くなってます

特別要領がいいわけでも、段取りがいいわけでもありませんが、それでも必要に迫られてバタバタと家事をこなしてきました。

 

仕事から帰って短い時間に夕飯の準備をしないといけなかったり、夫が急に飲み友達を連れてきたり、運動会のお弁当に何種類もおかずを準備したり、主婦をやっていたらそんなことは日常茶飯事です。

 

そして今までは考えもせずににそれをこなしてきました。

 

それがここのところビックリするくらいそれが出来なくなりました。

1つやると一つ忘れる。同時進行ができない。一度に一つのことしかできないのです。

何だかとにかく時間がかかる。

あれがないこれがない、つぎは何をするんだっけ?終始そんなことをして時間を食っています。

 

私のスマホしらない?ちょっと電話かけてくれる?っていうのもしょっちゅうですし、眼鏡もよく無くします。

 

もしかして更年期なのかもしれません。

更年期っていうと体がほてるとか、めまいがするとか、物忘れが激しくなるとかいろいろ聞きますが、実際のところ人それぞれですし、漠然としすぎてよくわかりません。

 

それに私の場合幸いにも気持ち悪さや体の不調を感じるわけではないので、病院に行くこともしていません。

 

でも更年期かどうかにかかわらず、年齢的に頭も体も少しずつ鈍くなってきているのは確かなようです。

そのまま受け入れてみる

先日は娘の中学最後の運動会がありました。

例年ならなるべく事前に準備を済ませて当日はなるべく手をかけないでもいい状態にするのですが、今年はなんだか様子が違いました。

 

事前に準備するにも段取りが悪く深夜までかかり、それでも心配で朝は早く起きてまたまた準備して、肝心の運動会の応援は眠くてうつらうつら、、、な状態でした。

 

あー情けない!と自分の手際の悪さに嫌になってきたのですが、ふと思いました。

 

いやちょっと待てよ、私できてるじゃん!

 

確かに以前に比べたらどんくさいのですが、それでも娘のことを思い好物を入れて、それなりに華やかに頑張ったお弁当が出来上がっていました。

遅いには遅いなりに時間に間に合って料理は出来上がりました。

 

遅いからどうしようとか、更年期が原因かも、とか進まない自分に対していろいろ思います。

 

それでもあーだこーだ思いながら、下手だろうが遅かろうがとにかく私は作っている、そして娘は喜んでいる。

それで何か問題があるのだろうか、、、

 

比較して遅いと思うと早くしたくなる。

遅い自分がダメなように思えてきます。

でもだれに迷惑かけているわけでもなし、遅いなら遅いでいいじゃないですか。

 

今はこうなの、今日はこうなのとそのままを受け入れて、それに合わせた動き方をすればいいだけなんだと気付きました。

 

時間がかかるならその分少し早くから始めればいいわけです。

自分にできることは今の自分を受け入れて今できることをすることだけです。

 

50代からは過去と比較しない

歳をとるのは誰もが初めてのことです。

10代にとって20代は初めてですし、40代にとって50代は初めてです。

そして子供が歳を取るほどにできることが増えていくのに対して、私たちはできないことが増えていくに違いありません。

 

そんな私たちが過去と比較したらどうなるか

 

それはもう悲惨です。

できないことのオンパレードです。

 

運動や心がけで多少遅くすることはできるでしょうが、もともとそういうものだということは受け入れなければなりません。

 

他人と比較するのは土台ナンセンスな話ですが、50代からは過去の自分と比較することも必要ありません。

 

今の自分を新鮮に受け止めませんか?

今できないことがあるならどうすればできるのか考える、できる方法を考える。それ以前にそれが出来なきゃいけないのか考える。

 

昔と同じでなくていいじゃないですか。

時間がかかるんだ、かかってもいいんだと初めからOKしてしまうととっても楽です。

 

ふた昔ほど前に老人力という言葉がはやりました。

物忘れが激しくなったと思うともの悲しいですが、老人力がついて余計なことに煩わされなくなったとすれば年を取るのも悪くないかなと思えます。

 

そして5年先、10年先はもっとできないことが増えているに違いありません。それを今からなげいて怖がっていてもしかたありません。

その時はまたその時、あら私のんびり屋さん!ということでそろりそろりとやり方を考えてみる。

それでいいんじゃないかと今は思っています。

 

 

 

 

 

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